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2018年10月26日 (金)

英国とイタリアが離脱(ERM)した頃、その時のドル円相場は

「英国とイタリアが離脱(ERM)した頃、その時のドル円相場は」
①1992年9月13日にERMは中心相場の再調整(伊リラの3.5%切り下げ,その他通貨の3.5%切り上げ)、9月17日にはイギリスとイタリアがERMから離脱,スペイン・ペセタの中心レートが5%切り下げられた。
②1993年8月2日にERMの変動幅が従来の上下各2.25%(スペイン・ペセタとボルトガル・エスクードは同6%)から15%(独マルクとオランダ・ギルダーは除く)へと拡大された。
*いずれもドイツが高金利政策を維持しことにより、南欧通貨や英国ポンド(ソロスの売りが有名)が売り込まれた
(ドル円は1993年に財務省・日銀が123円当たりでサプライズなドル売り介入したこともあり、92年の130円台から95年には79.75へ下落)
(切り下げが出来なくなった南欧各国は厳しい。一方、切り上げが亡くなったドイツはウハウハ、苦しいな南欧は利下げもできない。長期金利は上昇)
*しかし英国とイタリアはまたもや同じ時期によく似た行動を起こすとは、仲がいい

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