「トルコクーデター関連、日本時間7月16日午前9時現在」
*エルドアン大統領 国外脱出の噂
*エルドアン大統領はiPhoneで国民に外出しクーデターに反意を示すようによびかけ
*トルコ国民は不意をつかれた(いわんや世界の国民おや)。
*軍の一部の行動か?
*ギュレン氏はクーデター首謀を否定
*(私見だが、ロシアへの謝罪に軍は不満を持っていたのではないか、ロシア機撃墜で)
「ギュレン氏はクーデター首謀を否定」
ギュレン氏(米国在住)はトルコの学者である。トルコにおけるイスラーム道徳をベースにする市民運動の指導者として知られる。「尊師」とも呼ばれる。トルコ東部のエルズルム近郊の出身。サイド・ヌルスィーによるイスラーム復興運動の流れを汲むが、スンナ派に立脚し、アタテュルク以来の国家方針である世俗主義とイスラームが矛盾しないことを訴える比較的穏健な立場をとる。
彼の支持者達、欧米研究者は「ギュレン運動」と呼ぶ。
エルドアン政権時の2013年秋ごろから、政権内で組織された「並行国家」が教団の支持者でない人や彼らの敵を排除する目的で該当者の私生活の監視、録音や証拠捏造などを行ったとする陰謀論が唱えられ、訴追された。公正発展党(AKP)とギュレン間の論争では主に「認識操作」や「ソーシャル・エンジニアリング」「諜報活動」「陰謀」「証拠捏造」「司法・警察の私有化」「独裁者」などの陰謀論が話題となる。 2014年2月、エルドアン政権下で招集された国家安全保障評議会はギュレン運動と同じものとされる「並行国家」を名もなき国内の脅威と定めた。
「トルコのクーデターの歴史」
*トルコでは、政治家を数多く輩出した軍がしばしば政治における重要なファクターとなっており、政治や経済の混乱に対してしばしば圧力をかけている。
*1960年に軍は最初のクーデターを起こしたが、その後、参謀総長と陸海空の三軍および内務省ジャンダルマ(憲兵隊)の司令官をメンバーに含む国家安全保障会議 が設置され、国政上の問題に対して内閣に圧力をかける実質上の政府の上位機関と化しているが、このような軍部の政治介入は、国民の軍に対する高い信頼に支えられていると言われる。
*1980年の二度目のクーデター以降、特にイスラム派政党の勢力伸張に対して、軍は「ケマリズム」あるいは「アタテュルク主義」と呼ばれるアタテュルクの敷いた西欧化路線の護持を望む世俗主義派の擁護者としての性格を前面に打ち出している。軍は1997年にイスラム派の福祉党主導の連立政権を崩壊に追い込み、2007年には公正発展党による同党副党首の大統領選擁立に対して懸念を表明したが、この政治介入により国際的な非難を浴びた。8月29日には、議会での3回の投票を経てアブドゥラー・ギュル外相が初のイスラム系大統領として選出された。この結果、軍が最早以前のように安易に政治に介入できる環境ではなくなり、世俗派と宗教的保守派の対立はもっと社会の内部にこもったものとなってきている。
*現憲法は1980年のクーデター後の1982年に制定されたもので、民主主義を求める国民の声や欧州連合 (EU) 加盟の条件整備などを踏まえ、司法や軍の政治介入を押さえ、国会や大統領の権限を強めることなど26項目を提起している
*トルコには軍事組織として、陸軍・海軍・空軍で組織されるトルコ軍と内務省に所属するジャンダルマ(憲兵隊、Jandarma)・沿岸警備隊 が置かれている。トルコ政府は2011年末までに金銭を納めることで兵役を免除可能とすることで事実上良心的兵役拒否を合法化した。兵員定数はないが、三軍併せておおむね65万人程度の兵員数である。また、ジャンダルマ・沿岸警備隊は戦時にはそれぞれ陸軍・海軍の指揮下にはいることとされている。ただし、ジャンダルマについては、平時から陸軍と共同で治安作戦などを行っている。
*指揮権は平時には大統領に、戦時には参謀総長 に属すると憲法に明示されており、戦時においてはトルコには文民統制は存在しない。また、首相および国防大臣には軍に対する指揮権・監督権は存在しない。ただし、トルコ軍は歴史的にも、また現在においてもきわめて政治的な行動をとる軍隊であり、また、国防予算の 15 % 程度が議会のコントロール下にない軍基金・国防産業基金等からの歳入であるなど、平時においてもトルコ軍に対する文民統制には疑問も多い。この結果、軍はいわば第四権と言った性格を持ってきた。
*軍事同盟には1952年以降NATOに加盟している
++++++++++++++++++
「トルコ軍とエルドアン大統領」
2007年の爆弾テロ未遂事件が起きる。捜査当局はこの事件を、超愛国的な将校たちから成る地下組織「エルゲネコン」がクーデターを計画したものと断定し、大々的な摘発に乗り出している。これまでにジャーナリスト100人以上に加え、約250人の軍関係者が投獄された。エルドアンはエルゲネコンの訴追を支持し、報道の弾圧に対する国際社会からの批判を単なる「中傷」だとはねつけている。後にこの事件がきっかけでトルコの民主化が後退したみなされるようになった
2期目の終わりには国外でのエルドアンの評価は頂点を極める。好調な経済に加え、中東諸国(イスラエルを除く)やそのほかの地域とも良好な外交関係を保ち、軍の介入を排して政局を安定させたからである。
2011年も総選挙に勝利して3期に入った。しかし、この頃から政権に批判的なジャーナリスト・政治家・企業に対して圧力が強まっているとして、国際社会におけるエルドアンの評価は下がり始める。
最近のコメント