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2011年11月13日 (日)

アルゼンチンのデフォルトの思い出

「アルゼンチンのデフォルトの思い出」

「アルゼンチン財務官 イン 歌舞伎町 」

タタタ、トトト、ハッハッハ
初老の人々がのそっと歩く私を追い抜いて会場に駆け込んでいく。新宿の場末の公会堂で罵声が聞こえる。「声が小さい」 「泥棒だ、金返せ」 老人が叫ぶ。(通訳はどのようにスペイン語に訳しているのだろう)――皆様喜んでニールセン財務官を歓迎していますーと訳したら北朝鮮だ。

今回はアルゼンチンの話である。私はここ10年パリに行くほどは新宿には行かなかった。3月12日、10年振りで新宿を訪れた。新宿のはずれで歌舞伎町の喧騒はどこに行ったかと思うほど静かな下町の雰囲気のある公会堂が熱気に包まれた。 縁あってアルゼンチンサムライ債の債権者会議に招待を受けた。一階席はごったがえしていたので二階席から参加した。階下を見下ろすとやはり初老の人で正しいようだ。半分以上がテカテカとしたオツムである。1000人以上の出席者。 どのような人がこの債券を購入しているか興味があったが、まあ平日参加できる人は自営業者と老人なのであろう。なけなしのお金なのか、それとも余裕資金なのか、年金なのかわからない。

アルゼンチン金融局次長ニールセン氏の外人には珍しく全面的謝罪から始まった。言い遅れたがアルゼンチン債務返済遅延のための債権者会議である。1時間ほど経済情勢の説明があった。

1991年の兌換法(ドルと1対1のペッグ)で外資が進出しインフレも抑えられ世界から信頼された。しかしドル高、メキシコ危機で周辺諸国に輸出が奪われ大不況となった。対外債務が増え続け、経常赤字を財政収支でまかなえなくなった。 増税したら リセッションとなった。州政府の財政も悪化した。 カントリーリスクが悪化し金を借りられなくなった。金利を上げて資本流入を図ったが国民自身がペソからドルにドンドン転換した。預金を凍結しペソを切り下げたら大インフレとなった。現在金がない。公共支出を抑えている。 

まるで日本のことを聞いているかのようであった。アルゼンチン危機は為替で始まった。

現在アルゼンチンの対外債務は米国が50%、次に ドイツ、イタリア、日本は10%程度である。GDP、インフレ、経常収支、消費者信頼感指数、プライマリーバランス、民間預金、為替は改善、安定してきている。現在の暫定政権から4月の大統領選挙で新政権が出来れば具体策が出よう。 どこか日本の状況に似ているところもある。債務状況は日本は海外からは借りいれていないが 国内から借り入れ続け、増税して債権者が債務を返済する形となるだろう。通貨ペッグはしていないが 日本はペッグ以上している以上に通貨高がある。 現在株安が注目されているが為替はやはり重要だ。ドルとペッグしていたアルゼンチン以上にドルが上がってもユーロなどの通貨に円高が続いていた期間が長かった。さらに輸入を規制し政府(セーフ)ガードで既得権益層を保護し続けている。 円高の弊害があまりにも大きいが抜本的な策はとられずにデフレを強化し、ついには株安を招く。投資家は為替差損をこうむった。ドルロングという膨大な国家のポジションをもっているのにドル安政策を続行し危機以上の膨大な財産を失い続けているのに歯止めをかけようとしない。財政赤字も円高が影響していよう。 近くはないが債務を増税によって債権者が返す時が来よう。 為替を甘くみすぎていた弊害はこれから起きるのであるが、現在の日本の為政者は年齢からみていなくなっているだろう。為替は重要だ。

(会議の感想―債務を銀行借入から個人向け債券にアルゼンチンが変えたことは正解であろう。リーダーシップを取る専門家が債権者にいなくなった。販売証券会社は国際経済にうとく説明が出来ない。銀行が債権者だった時はピエール、ウオルドルアストリア、プラザなどのニューヨークの名門ホテルがこのような会議では使われるが今回は日本の老人相手であり公民館が使われ、ディナーなし、ノートもなくお茶もなし、テーブルなし、交通費、宿泊費なしであった。高価記念品もない。金額が大きければ大きいほど債務者が債権者より強いのは本当だ。 さらに膨張する債務を抱える日本政府はますます債権者である国民に強くなるであろう。)

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