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2010年10月 1日 (金)

元ディーラー鍼灸師 呑気堂健康迂話

「元ディーラー鍼灸師 呑気堂健康迂話」 師は甲子園ボーイでもあります

2010年 10月 01日
呑氣堂健康迂話 10月朔日

雲ひとつない青空が広がっている。一時冷え込んだ気温も高めで推移しており、とても過ごしやすい一日となりそうだ。庭の木々もそれぞれ実をつけはじめてさらに色づくものも出てきたが、猛暑の影響か例年10数個を数えられるマルメロがわずかにひとつしかならなかった。

さて、きょうから10月。干支を配した暦では、十二支の最後亥にあたり陰が極まる月にあたる。11月はすでに子で、陽気が芽生え始める。とはいえ暦や季節というものは、何かを切り替える機会として活用すると重宝である。

我が家の仏間には、お寺さんから頂いた標語付きのカレンダーがつるされている。毎月なるほどなと思わせる短い言葉が記されているのだが、10月はというと、”いくつになっても学ぶことはある”だ。一念発起して実行に移されたい。

考えてみれば、この慌しい現代社会、日々の錯綜に追われて、ただただ日々が過ぎてゆくという焦燥感にかられている方は多いと思う。そこでひとつ、ここは月があらたまったことをよい機会ととらえていま一度心も改めて、何か自分が好きな、集中できる時間を作ってみてはいかがであろう。

このことは、人間の身体にとってもこころにとっても非常に大事なことである。いつの時代でも、仕事でも人間関係でも近所付き合いでもはたまた家族の問題でも、煩わしい問題というのは避けられない。そうしたつまらぬことをきっかけに精神のバランスを崩してしまうことは、ままある。

そこで、ひとつ徹底的に集中する時間を毎日少しでも良いから作ってみよう。何でもよろしい。出来得る限り、世間の束縛や雑務を離れて、自身にとっての静かなる時を持ち、それを通じて自分を徹底的に見つめなおす。

中国の老荘系の書物、淮南子に蘧伯玉の言葉として”行年五十にして四十九年に非を知る”とある。さらに”六十にして六十化す”と続く。年齢は関係ない。自ら省みてあらため、化す(変化する)ことに、年齢は関係ない。
http://nonkidoh.exblog.jp/

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