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2010年9月 9日 (木)

戦前の介入

「戦前の介入」

 戦前のドル円相場も金本位制を採用している時は固定相場であったが、非採用時、あるいは金本位制を維持しかねないと市場が判断した時には投機筋が動き、当局は為替介入を行って抑制しようとした。

1930年1月11日に金本位制が再建されたがおよそ2年後の1931年12月13日にその機能を停止した。金輸出再禁止論は金解禁後すぐ台頭し円の先行きに対する不安が増大した為、ドル相場は金輸出点を下回る49ドル1/16(@100円=1ドル=2.0832円)という異例の状況が生まれ 正貨流出が生まれ対外的にも日本の金本位維持能力に対する疑惑が生まれていった。したがって1930年7月より横浜正金による外国為替の「統制売」が始められた。「統制売」とは政府日銀による正貨現送の承認を後楯としながら外為専門銀行の横浜正金が買需要に売り応じることである。金本位制を守るために政府と横浜正金銀行(後の東京銀行)はドル売り介入である「統制売り」を続けた。

しかしロンドン海軍軍縮条約の批准をめぐり政局不安が生じたり、イギリスが金本位制から離脱したことによりさらにドルはさらに買われた。1ドル2円頃の話しだ。売り応じるということは正貨(金)が流出するということである。政府は金本位制を維持する道義的説得と円の高金利政策を進めた。維持する与党(民政党)と金輸出再禁止を主張する野党(政友会)との論争にもなった。

 政府(民政党)日銀、横浜正金連合軍と政友会、ドル買い銀行連合軍との対立は次第に先鋭化した。ついに「統制売」は敗れ実需輸入のみに限り、他には売り応じないこととなった。無制限の「統制売」から一転為替管理となった。

 当時のドル買い投機については三井を代表とする財閥銀行が狂奔し日本の再建金本位制を崩壊させ円価を下落させることによって巨利を博したとする認識が通説化している。ドル買いで暴利をむさぼった財閥への不振が高まり、井上準之助前蔵相や三井合名理事の団琢磨が暗殺された血盟団事件は有名である。

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