為替悠々98、戦前の介入その3
「為替悠々98、戦前の介入その3」
ドルの買い手は三井財閥を始めとする住友、三菱銀行と言われたが、実際、半分はナショナルシティー銀行であった。当時の大蔵省国庫課長青木一男は「在英資金凍結の対策としてのドル買い需要と早晩わが国も金輸出再禁止のやむなきに至るであろうと思う人々があらゆる機会を通じてドルを買っておこうと考えるのは経済的常識であり、それを愛国心、道義的心で阻止するのは無理である。」と冷静に判断している。またこの青木氏は正金の損失を内閣が変わってもロシア預金の消滅時効による益で補填するなど責任を全うした。昨今の公的資金導入や予定利率で国民総動員法まがいのことをする官僚と比べると責任感が違う。
「「 ドルの買い手については「市場統制売受渡月別及売先別表」という資料がある。
当時のドル買いの50.7%が外国銀行、国内金融機関は33.4%となっている。
順位は以下の通り
1.ナショナルシティー銀行(32.2%)、2、三井銀行(17.3%)、3、三井物産(14.8%) 以下
住友、香港上海、三菱、チャータード、朝鮮銀行、日端貿易、ハンデルス銀行、川崎第百銀行、野村證券、三井信託などとなっている。(第一、安田は為替業務を行っていなかった。)」」
当時の三井銀行 常務池田成彬や三井物産は批判されて事情を説明している。見越し買い(思惑的買い)ではなくやむを得ず送金する需要があったと。
収益的にはドル買い手に対し暗殺も行われるほどの殺伐とした世相に考慮し、その期の決算は有史以来の欠損としているがこれは、金利急騰での債券評価損やポンドの下落をあげている。しかし翌期からは収益が回復し続けているのはやはり収益操作であったといえよう。(続く)
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