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2009年12月 7日 (月)

「危機の経験より①」

「危機の経験より①」

 1981年にNY赴任した途端に中南米債務危機にぶつかった。それ以来様々な銀行業務や個人の投資でいわゆる危機に出合った。銀行の資金業務の時はフィリピンも債務危機に陥り、預金を預けていたシティバンクマニラから満期になっても返済されなくなった。シティーバンクのせいではなくフィリピンが外貨流出に規制をかけたためだ。同じようなことは第一次湾岸戦争の時もクウェートの銀行との為替取引での資金が入金されなくなった。

 ポンド危機では知人のロンドンのディーラーがソロスともにポンド売って一夜にして大儲け、調子にのってTVで自慢話をしながら英中銀に勝ったと言ってしまいその後処分を受けたのを思い出した。アジア通貨危機ではアジアでの協調介入を経験した。ロシア通貨危機では隣国のウクライナ債券を買っていて一時的にデフォルトにあう。アルゼンチン通貨危機でもアルゼンチン債でデフォルトに合い、満期を30年延長されいまだ保有中。今回のサブプライム問題では絡まず債権(債券も)もなかった。

 ただサブプライム問題の去就はまだわからないがそれ以外の7つの危機においては危機にあった国の経済はその後が持ち直している。銀行業務としてのフィリピン危機、湾岸戦争危機での二つの支払い遅延は、私のウクライナイナ債券への個人投資とともに遅延利息をつけて返済完了している。またアジア、ロシア危機で暴落した株価はいずれもその当時の高値をはるかに上回って上昇した。

 危機に陥った株や債券を買うことを推奨するわけでもないが、人間は危機になれば全力をつくして回復への努力をするものだと思う。逆に怖いのはLTCMのように有頂天になって過剰投資(ハイレバレッジ)を行って身動きがとれなくなって破綻することだ。危機にはだれでも頑張るが、絶頂時に頑張る=引き締めるのは難しい。

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