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2009年12月 3日 (木)

通貨危機19、アルゼンチン通貨危機その6

「通貨危機19、アルゼンチン通貨危機その6」

これはアルゼンチンだけでなく、アメリカにとっても困ったことだった。ウォール街を中心とするアメリカの投資家にとっては、アルゼンチンのように対ドル為替が固定している国の方が、ブラジルやメキシコのように通貨の対ドルの価値が下がってしまう国よりも投資先として好ましいからだった。 このためアメリカはIMFなどを通じて、アルゼンチン以外の中南米の国々にも、ドルとの固定相場制を広げ、最終的には中南米諸国の通貨をドルそのものに置き換えてしまうという構想を描いた。だが、その後ドル化したのは経済が破綻したエクアドルだけで、他の国は乗ってこなかった。

そんな中でアルゼンチンの不況は1997年からしだいにひどくなり、2001年には経済成長率はマイナス11%というひどい落ち込みとなった。アルゼンチンのペソがドルと等価というのはペソが高く評価されすぎているという市場の懸念を和らげるため、アルゼンチン政府はペソ建ての国債の金利を上げ、ペソの価値を高めようとしたが、金利の高止まりは企業の資金調達コストを上げてしまい、景気への悪影響が増えることになった。

 失業率も20%に達し、政府は税収の落ち込みから、公務員の給与や年金を支払えなくなり、4000万人近い国民の4割にあたる1400万人が貧困層になり、今日明日の食べ物にも困る人々が国民の1割以上、500万人もいる状態になった。1950年代まで豊かな先進国の一つに数えられていたアルゼンチンの姿は、もはや見る影もなかった。(続く)

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