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2009年11月20日 (金)

通貨危機1、ポンド通貨危機

通貨危機1、ポンド通貨危機」

今回からは通貨危機についてお話したい。何をもって通貨危機というなら、その国の通貨が暴落し通貨制度の破綻を生じ、経済体制の破綻にまで及ぶものだ。ただ通貨が暴落することだけを取り上げれば、1971年のニクソンショック以来、今日まで長期的に下落しているドルもそうであるが今回は1990年以降の大きな通貨危機を取り上げていきたい。

 「ポンド通貨危機」1992年

原因=第二次世界大戦前ポンドは世界の基軸通貨であったが戦後その地位を失った。「ゆりかごから墓場まで」をスローガンに福祉国家を打ち立てていたが財政は窮乏していき1960年代以降は「イギリス病」とも呼ばれるようになった。
1980年代にサッチャー首相が経済再建のために急進的な構造改革(民営化・行政改革・規制緩和)を行ったが大量の失業者を出し地方経済は不振に陥った。ただロンドンを中心に金融産業は成長した。経常収支は、原油輸出国であったことから原油高騰時は黒字であったが、基本的に赤字基調が続いた。

その後英国はEMS(欧州通貨制度)とERM(欧州為替相場メカニズム)に参加する。1990年10月に東西ドイツが統一されて以来、欧州の金利は高目に推移連動して、ポンドは次第に過大評価されていった。ヘッジファンドを運営するジョージソロス氏は、「相場は必ず間違っている」が持論。実勢に合わないポンドを売る展開となった。1992年9月ポンドへの売り浴びせでERMの変動制限ライン(±2.25%)を超えた。9月16日、イングランド銀行が公定歩合を10%から12%へ引き上げ、同日一度引き上げ15%へ。

事実上のERM脱退となったこの日はブラックウェンズデーと呼ばれた。9月17日、英国ポンドは正式にERMを脱退し、変動相場制へ移行。ポンドはその後も1995年まで減価を続けた。ジョージ・ソロス率いるファンドは、10億から20億ドル程度の利益を上げたと言われている。

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