道標としてのドル: 呂 新一
先週木曜日(8日)、バーナンキFRB議長がワシントンで開かれた講演会において、「景気回復が定着するに伴い、インフレ問題の発生を防ぐため、ある時点で金融政策を引き締める必要がある」と述べました。その発言を受け、ドルは主要通貨バスケットに対して1年2カ月ぶりの安値から反発しました。
ただ、その反発は1営業日しか持たず、今週月曜日にドルインデックスが長い上髭を付け、再び下落し始めました。言うまでもなく、その背景は殆どのマーケット参加者がバーナンキ議長の発言がFRBの懸念を反映したものの、これからも相当長い期間において、低金利政策が維持されると見ているためです。事実、講演会の後、リッチモンド地区連銀のラッカー総裁は記者団に、「今後発表される指標を見極める方針で、今は金利を引き上げる時期だとは考えていない」と表明しました。
ドル安が再開したとのことで、当面、米株相場を脅かす1つの可能性が解消されたと言えます。今年3月上旬から今までの間、ドル安が米株式相場を支える役割を果たしてきました。ドル安はFRBによる無制限とも言える流動性供給の結果で、その流動性が銀行の貸出審査基準の厳格化により、実体経済というより株、商品先物などに流れました。そのほか、ドル安は米国企業の海外事業収益を膨らませ、米国の貿易収支の改善にも繋がりました。事実、先週金曜日(9日)、米商務省が発表した貿易・サービス収支(季節調整済み)によると、8月の輸出は前月比0.2%増と、輸出の拡大が4カ月続きました。
株式市場にフレンドリーなドル安がこれからも長く続けられる最大な理由は雇用の回復がなかなか期待できたいことにあると思われます。新しい産業の創出が難しいうえ、雇用の海外流出が進み、米国はもうかつてのように国内で旺盛な新規雇用のニーズを作り出せないでいます。雇用の回復が進まなければ、消費の拡大が期待し辛く、住宅市場の回復も難しくなり、その結果、FEBが現行の低金利政策を維持し続けるしか選択肢が残されていません。
普通で言うと、通貨安が物価上昇に繋がる可能性はあるが、今の米国ではそのような現象はまだ起きていません。それは、貯蓄率の上昇が反映しているように米国民が買い物に対して前よりずっと慎重になったほか、中国、日本などの対米輸出大国が国内での過剰生産を捌くため、ドル安にも係わらず米国への輸出価格を抑えているためと思われます。事実、中国では、対米輸出を後押しするため、金融危機の後、輸出製品の増値税の還付率(国内取引にかかる付加価値税を輸出時に割り戻す比率)を11カ月の間に7回も引き上げました。
こうして見ると、予見しうる近い将来、FRBがインフレ退治のためにやむなく利上げに踏み切る可能性は殆どありません。そうなると、ドル価値の低下に業を煮やした外国投資家が米国債の購入を中止し、その結果、市場金利が勝手に上昇してしまうことが残された懸念です。今の情勢からみると、日本はアメリカの同盟国で、米国債の購入は辞められません。他方、中国について言うと、アメリカの同盟国ではないが、景気・経済発展の点ではもう既に同じ船に乗っており、両者の利益を分けることができない状態になりました。言い換えれば、中国政府が自らの意思で米国債の購入を中止することは考えられません(一方、中国国内では、自我意識が高まった国民に米国債の買い増しに反対する人が増えてきて、政府の対応は注目されます)。
上記を総合すると、当面、ドル安の流れが続くと見られ、その結果、株価が支えられ、ゴールドがさらに高値を更新する可能性はあると思われます。
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