周総裁の論文と中国の狙い:竜河
中国の中央銀行である人民銀行の周小川総裁は、先週月曜日(23日)、現行のドル一極となっている国際通貨体制の欠陥を指摘する論文を発表しました。その論文の中で、周総裁は、アメリカで金融危機が発生し、世界中に波及する一連のプロセスで、既存のドル一極体制が持つ固有の脆弱性とシステミックリスクが明らかになったとの認識を表明しました。周総裁は、また、国際通貨体制を改革するには、個別の国のリスク・主権から独立した長期安定が維持できる国際準備通貨の創設が不可欠と主張し、その第一歩は、国際通貨基金(IMF)の特別引き出し権(SDR)制度の活用範囲を広げることと訴えました。
無論、アメリカは周総裁の提案に賛成するわけがありません。オバマ大統領は24日、ホワイトハウスでの記者会見で、ドルが現在「非常に強い」、「国際通貨の創設は必要ない」との見方を示し、周総裁の提案を否定しました。ガイトナー財務長官も、同日、議会証言で、「米国はドル基軸体制を守る。中国が言っているのは、外貨準備のドルに替えて、世界的に通用する新貨幣を創造してはどうか、というアイディアの開陳でしかない」と周総裁の提案を退けました。
それにしても、周総裁の論文は大きな意味を持っています。特に、現行の国際通貨体制が特定の1つの国家が主権を持っている通貨を貯蓄通貨にしているため、内部で欠陥を抱え、システミックリスクが避けられないとの指摘は鋭い。また、周総裁によれば、ブレトン・ウッズ体制ができた後、金融危機が続発しかつその規模がますます大きくなってきたことを見ると、現行の体制が世界にもたらした恩恵より代償の方は大きい可能性があり、準備通貨の使用国のみならず、発行国の負担もますます重くなっています。周総裁の論文は、現行の国際通貨体制に対して広く観察される憂慮の念を汲み上げたものと言えましょう。
また、周論文の持つ1つの付随的な効果は、アメリカ政府への警告ということです。周総裁の論文を通じて、中国政府はワシントンに、財政赤字の急増およびFRBのバランスシートの際限ない膨張への憂慮を伝えました。
このことは、中国が自身の利益を守るために取った攻撃ポーズと見ることもできます。アメリカにドルの価値を守る責任があると警告したことで、中国は、今後IMFでの発言権獲得、又は米財務省が為替操作国を認定する際、有利な地位に立つことを狙っている可能性があります。
来月2日にロンドンで20カ国・地域(G20)首脳会合が開かれるが、周総裁の論文で、G20での波乱がまた1つ増えたと思われます。仮に、中国がG20の場で国際通貨の創設を提案すれば、アメリカのみならず、イギリス、ドイツ、日本などの国も反対する可能性は大きい。
無論、例え、長期的な視点からみれば、中国が米ドルを中心とする現行の国際通貨体制を心地よいと思わなくても、現時点では、中国にとっても、ドルの地位を維持することは理にかなっています。それは、万が一、ドルが崩壊すると、1)保有するドル建て外貨準備が大きく毀損する;2)対米輸出は破滅的な打撃を受ける;などのことが考えられるからです。その意味では、周総裁の論文は1つのアドバルーンということでしょう。
中国にとって、最も望ましいシナリオは、米ドル一極体制を維持しながらも、元資産の流動性・元の国際化を図り、将来的にいくつかの地域通貨が連合してドルの代役を果たすことと見られます。それは、数十年単位の長い道のりになるでしょう。
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