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2009年1月17日 (土)

米銀だって多かった

「米銀だって多かった」

外国為替を活発に行っていた米銀はいくらでもあった。

ケミカル、バンカーズ、ファーストシカゴ、モルガン、チェース、リパブリック、

リーマン、ソロモン、マニュファクチャラーズ ハノバートラスト、メロン、コンチネンタル イリノイ オブ シカゴ、セキュリティパシフィック、など消え去ったり、合併などで名前が変わった米国の銀行は多い。

 数少ない名前がそのままだったシティとバンク オブ アメリカも苦境に。

為替ディーラーは米銀間でも「渡り」のように移り変わっていたものだが、途中から銀行を変わっても合併で振り出しに戻ったり、移ってもすぐつぶれたりであった。

 合併、破綻は常にあったが、もう相手がいなくなってきた。

今思えば70、80から90年代前半までは外銀もやり放題であった。

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